帝王切開体験談

帝王切開体験談

帝王切開で長女を出産した夜を、漢字で表せば、まさに「痛」です。とにもかくにも、痛いの一言。

 

手術が始まって、あっという間にわが子とご対面。その後、麻酔が効いて鈍い下半身の感覚の中でも、なんとなく引っ張られているな、と感じながらも処置が終わりました。部屋で落ち着いている間もなく麻酔が切れるとやってくる、激痛につぐ激痛。子宮収縮剤を点滴に入れているせいなのか、入れなくてもそうなる自然の技なのか、子宮がぎゅうぎゅうと絞られるように縮んでいく。うわさには聞いていたけど、これほどとは。

 

自分の体でありながら、戸惑うほどの痛みでした。「いつでもよんでね、」と言ってくれた看護師さんも、三回も呼べば、呼んだところで時間が経たないと痛み止めはもらえないとわかりました。彼女にはどうしようもない、医者にも、私にだってどうしようもないけれど、我慢するのは私です。

 

おまけに手術の傷口は、「切りました」という自己主張的な痛みががんがん響いていました。人間の柔らかく連続した筋肉や組織をメスで切って、かわいそうにホチキス(みたいなやつ)で留められて。そのときはガーゼに包まれて見えなかったけれど、ホチキスの芯が私のお腹にまっすぐ並んでいたのです。見たときには思わず「おー!」と叫んでしまいました。

 

人間、こんな痛い目にあっていいのか、と言うくらい痛い。明日になったらきっと劇的に良くなっているに違いない、明日でなくても近い将来、私は平気で歩き回っているに、違いはないのだけれど、とにかく痛い、予定では、赤ちゃんの誕生をしみじみと喜んでいるはずだったのに。テレビをつけて気を紛らわそうと思っても、音がうるさくて気持ち悪くなるし、もちろん本を読んだりできないし。電気を暗くして背中を丸めて、ただただ「痛い、痛い」と繰り返しながら過ごしていました。

 

そんな夜が明けて、一眠りするたびに私の体は回復していきました。痛みが減った分がそのまま元気に変わっていくようで、乗り越える力も沸いてきました。「苦あれば楽あり」です。 それからゆっくりとわが子の誕生を喜びました。

帝王切開で生まれた長男も、2歳3ヶ月になりました。前置胎盤だったための帝王切開でしたが、現在妊娠6ヶ月、今度は自然分娩で出産する予定です。初めての自然分娩にどきどきしています。けれど、いつでも帝王切開に切り替える覚悟はできています。赤ちゃんと私の命、こんなにかわいくて仕方のない長男のお母さんである私と、妹か弟になるお腹の赤ちゃん、何よりも大切だからです。

 

長男が生まれたとき、帝王切開で出産することは何も疑問を持っていなかった、はずでした。退院して10日間母に来てもらってその後は、マイペースでゆっくりと育児に取り組むはずでした。夫は転勤族のため私の実家も主人の実家も遠い所に住んでいます。おむつは最初から紙おむつと割り切って、夫と私の夕飯もしばらくは栄養バランスが良くて添加物も入っていない業者から宅配してもらう手配もできていました。

 

私はゆっくりと子どもと過ごせるはずだったのです。けれど、私の体が言うことを聞いてくれないんです。頭痛やだるさが抜けなくて、時折痛む手術の傷跡に「あー、お腹切ったんだ」とつくづく思い知らされました。母が「無理しても休まないと」と言っても、泣き止まない長男を母があやしてずっと抱っこしているのを見ているのが忍びなくて寝てはいられませんでした。長く、実家を頼らない生活を続けてきたので、急に甘えるのって難しいものです。

 

つらいとそのことばかり考えてしまう自分に、長男に対する愛情が薄いんじゃないかと心配になってきました。あれもこれもしてあげなきゃと思うだけで焦って、できない自分は「もしかして帝王切開のせいなのかも」と不安に感じました。1ヶ月検診のときに、出産に立ち会ってくれた看護師さんに話すと「痛いときは誰でもそうなのよ」と言ってくれました。「体は必ず元気になるから、もう少し待ってみて」と。自分に対して待ってあげる、初めての感覚でした。

 

待ってあげられたわけではありませんが、3ヶ月も経つと体のだるさもスッキリしてきました。そして、ある日長男がにっこりと笑ったのです。「はじめは笑わない」と言われていたし、笑わないからといってかわいくないわけでは決してなかったのですが、その笑い顔のかわいらしさ、もうメロメロでした。

 

「かわいい?」と自分に問いかけることなど今は全くありません。自分の育児に自身がついたわけではありませんが、長男がたった一人のかけがえのない大切な存在だと言うことは、しっかりわかっています。帝王切開で産んだことを気に病んだことなど、なんだったんだろう、と思うくらいです。

出産のときのはずかしい話を友達3人でしていたときのことです。私は帝王切開でしたが、他の2人は自然分娩でした。

 

「帝王切開って、手術するとき医者も看護師も何人もいて、結構人に囲まれてるのよね。大学病院なんかだと他にも研修医の人なんかがみてるらしいけど、その中で、産む私だけが裸なんだよ、信じられる?それも、パンパンに張ったお腹で、毛は剃られちゃうし、もう大変だよ。出産っていう一大事だから、信じられん、と思いながらもなんとなく無視できちゃうけど、今考えると怖すぎ」 これは私

 

「すごっ、想像するだけで怖い。でも、私も負けてないかも。正月の真っ最中に出産したから看護師は手薄なのに産婦人科医修行中の医者の息子が帰ってきていて、切れた産道縫われた。できねーよ、とか言う息子に、ここ縫って、とかおやじが指図してるし、おいおい、実験台かよ、と思ったね。あの体勢で子どもが連れてかれちゃったのにいつまでも縫ってるし。そうそう、出産前に浣腸するの忘れたのは看護師さんなのに、分娩台でうんこもおしっこも一緒に出しなさい、って真顔で言われたっけ。」

 

「私は出産自体は割りとつつがなく終わったんだけど、その直後になんだか明らかに私の体がおかしくてね、息がちゃんとできなくなって、ショック状態だったみたいなんだけど、救急車呼んで総合病院に運ばれたんだ。そのときの救命士が友達の彼氏でさー、意識が遠のくんだけどそれがわかったのよね、上半身はだけてなんか取り付けたりしてるの、早く気絶したかったよ。」

 

今とっても元気で楽しく子育てしているから、こんなこと言ってられるんだよね、と言いつつも、私だけじゃない、とそれぞれが心の中でつぶやいていました。

32歳です。6歳の女の子と2歳の男の子がいます。上の子は帝王切開、下の子は自然分娩で出産しました。上の子も、出産当日まで自然分娩のつもりでした。陣痛が来て待機室に入り、後は子宮全開を待つだけでした。定期的にお腹が締め付けられるような痛みが押し寄せてきて、もうすぐなんだなー、と緊張してきました。でも、割と冷静に過ごしていたように思います。

 

ところが待てど暮らせど、痛いは痛いのですがどうも陣痛が弱いらしくてついに陣痛促進剤を打たれてしまいました。分娩台に移り、事前に指導されていた呼吸法を陣痛の痛みににあわせてやってみました。うー、という痛み、どうしてこんなに痛いのに産まれて来ないんだろ、初めての出産なので、この時間が長いのか短いのかわかりませんでした。

 

「帝王切開に切り替えます」と、告げられるまでに、なんだかおかしいぞ、という雰囲気はムンムンしていたのでとても心配になっていました。「早くしてください」そんな気持ちで迷いなんてなかったです。

 

緊急帝王切開だったので全身麻酔でした。赤ちゃんのことが心配だったのですが、医師が落ち着いて、今の段階で赤ちゃんに危険はない、と説明をしてくれたので「よろしくお願いいたします」と、同意書にサインをしました。麻酔から覚めて「女の子ですよ」と娘を見せてもらったとき心底ほっとしました。

 

術後は全身麻酔のためか気分が悪くて頭痛と吐き気に苦しみました。帝王切開は後陣痛に加えて手術の傷の痛みもあります。そのうえ、私は陣痛までたっぷりと味わったので、痛みのフルコース、なんかすごく損したような気がします。とはいえ、まあ、いいでしょう。かわいいわが子が生まれてきたんだから。でも一歩間違ったら、と思うと、出産って本当に命がけですよね。

帝王切開で3人の子どもを授かりました。1人目と2人目の間は20ヶ月、2人目と3人目の間も20ヶ月開いています。考えてみたら、子どもが生まれて10ヶ月で、妊娠しているわけです。

 

最初の子を妊娠したとき35歳だったのと、逆子だったせいで予定帝王切開でした。帝王切開で出産することに対して、夫を始め自分の両親も義父母も何も言いませんでした。私も医師に帝王切開を勧められたときに、別になんとも思わず承諾しました。結局、3人とも逆子だったし、自分の年はどんどん増えていくしで、3人とも「当然」のごとく帝王切開で生みました。帝王切開でこんな短期間に3人産んだということで、今になって驚かれますが、当時、私の周りでは「そうなんだ」と、あくまで普通に受け止めていたようです。担当医は「3人、ぜんぜん問題ありません。」と太鼓判を押していました。

 

当時私は、エレベーターのない社宅の4階に住んでいました。お腹が大きくなってから子どもを抱いても、産道がしっかりしているせいか何事も起こらないような気がして、平気で子どもを抱いて4階まで階段を上っていました。さすがに3人目を産む直前に、両脇に3歳と1歳の子どもを抱えて階段を上がってきた私を見た近所の人は、のけぞって驚き、奪うように1人抱いてくれました。時々心配になって、検診の時に「大丈夫でしょうか」とたずねると、医者は「何が?」とでも言うような表情をして、検診の後も「順調です」と一言。最後まで計画通りでハプニングは起こらず、淡々と手術も終えました。

 

出産に対してはこんなにも体力があって丈夫だった私ですが、子育ては、やっぱり40に手をかけていたせいか、周囲のヤングママと体等にはできません。おまけに次々に妊娠していたので、同じぐらいの小さな子と遊ばせようにもそうはいかずに、早めに幼稚園に入れましたが、何かとてこずらされます。

 

「かわいくって、かわいくって」と、とても書けない冷めた私ですが、寝顔は本当にかわいいな、と思います。私が冷めていることも、子ども達がやんちゃなことも、帝王切開とは全然関係ないことだと思います。きっと自然分娩でも私も子ども達も同じだったと思います。

 

感謝すべきは、私に何にも言わなかった周りの人たちかも知れません。やっぱり帝王切開で子どもを産んだ友達は、心無い他人の言葉に傷ついていました。もしかしたら、気がつかない鈍感な私なのかも知れませんが、帝王切開って、出産法の一つで、その必要性があれば、なにもかも当たり前で普通のことなんだと思います。